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夜行列車メモリーズ
■夜行列車へのメッセージ Part6

 今から35年ほど前、全国各地には夜行列車がふつうに走っていて、夜間に移動すること自体がまだまだ当たり前の時代でした。時刻表を繰ることが楽しみな少年のころ、夜行列車は最果てへの旅に通ずる一番の入り口だと、自宅から聞こえる終電車の音を聞きながらよく想ったものです。

 はじめてその夜行列車に乗ったのは、中学2年の2学期も終わりのことです。最果てとまではいかないものの、同級生と夜行列車を使って小海線の蒸気機関車を撮りに行く旅を企てました。しかし、学割を取る段になって学校から、夜行列車などけしからんとクレームが付いたのですが、親からも許しが出ているからとなんとか担任を説き伏せ、初めての夜行列車の旅が実現しました。

 今でも忘れない、新宿発23時55分長野行425列車です。茶色い機関車と客車が、ホームいっぱいに収まるような長い編成でした。小淵沢には4時53分に着くので、終点長野までの行程の半ばほどですが、しっかり寝て翌日に備えるどころか小淵沢に着くまでの間、嬉しさのあまり一睡もできませんでした。深夜の甲府駅では普段では考えられない15分も停車し、ひんやりした空気を吸い込みながら、夜行列車に乗っていることを実感しました。蒸気機関車が牽いているのでもないのに煙のにおいがすると思ったら、石炭を焚く暖房車が付いていたことにも驚いたものです。

 その後、今はもういない数多くの夜行列車に乗りました。全国津々浦々とまではいかないものの、夜行列車に乗らない旅は考えられないほど夜汽車に揺られました。それでも私の夜行列車の始まりは、新宿駅の通路で並んで山男に囲まれて乗り込んだ、あの長野行きの夜行鈍行列車です。

(東京都・Yさん)




 〈あさかぜ〉〈さくら〉の“引退”で、世間的には「ブルートレインの一時代が終わった」という側面ばかり妙に強調されている感なのはさびしい。思えば子供の頃「ブルートレイン・ブーム」なるものがあったのだ。子供も大人も問わず、競ってブルトレに乗り、写真をとり、アイテムを集め、関連の記事が当然のように新聞・雑誌の誌面をにぎわせていた。当時は、アイテムを集めたり話題にすることが「カッコいい」とみなされていて、「ブルトレ? なにそれ?」などと迂闊に口にすると、「遅れてるウ」と言わんばかりの白い目で見られる、という雰囲気が大げさに言えばあったのである。まさに隔世の感。いまの若い鉄道ファンには想像もできない世界かもしれない。「時代」のひとことで片づけたくはないが、時代と自分の年齢が過ぎゆく早さを痛感してしまう今日この頃である。

(新潟県・Kさん)


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